洗面台の鏡で、前髪の分け方を変える朝が増えた
ある朝、いつも通り左に流していた前髪を、少し右に変えてみた。特に理由はなかった。気分転換のつもりだった。でも、鏡の中の自分を見ながら「こっちの方が自然に見える」と思った瞬間、少し動きが止まった。
「自然に見える」というのは、どういうことだろう。
しばらく鏡を眺めて、気づいた。左に流したときの分け目が、以前より白く見える。地肌が透けているというほどではないけれど、髪の密度が薄くなって、分け目のラインがくっきり見えるようになっていた。だから右に変えた方が、地肌が目立たなかった。「自然に見える」の正体は、「隠しやすい」だった。
分け方を変えるようになったのは、いつからだろうと振り返ってみた。
たぶん、半年から1年ほど前だと思う。最初はほんとうに些細なことで、「今日はこっちにしてみようか」くらいの感覚だった。でも気づけば、朝の洗面台でかける時間が少し伸びていた。ドライヤーを当てながら、何度か方向を変えて確認するようになっていた。以前は何も考えずに同じ方向に流して終わりだったのに。
変えた分け方が「隠すため」のものだと自覚したのは、比較的最近のことだ。それまでは、ただの気まぐれだと思っていた。でも鏡の前に立つたびに微調整している自分を、ある朝突然「これは隠しているな」と思って見ていた。
隠しているものが何かは、ある程度わかっていた。ただ、それを明確に言葉にすることを、ずっと避けていた。
薄毛が進行するとき、最初に変化が出やすいのは生え際や頭頂部の分け目周辺だ。
AGAと呼ばれる男性型脱毛症は、ジヒドロテストステロン(DHT)という物質が毛根の成長サイクルを乱すことで起きる。成長が途中で止まった髪は、本来の太さや長さに育つ前に抜けてしまう。だから抜け毛が劇的に増えるわけではなく、一本一本の毛が細くなり、密度が下がっていく。
分け目のラインが目立ってきたように感じるのは、この「細くなる」変化が積み重なった結果であることが多い。本数そのものはそれほど変わっていなくても、髪が細ければ隙間が多くなる。隙間が多くなれば、地肌が透けて見えやすくなる。
だから、抜け毛が多いという感覚が薄くても、進行していることはある。分け方を変えることで対応できる段階は、実は変化の比較的初期だ。それ以上進むと、分け方の工夫だけでは追いつかなくなる。
朝の洗面台での時間が伸びていることに気づいたとき、少し疲れた気持ちになった。
分け方を工夫すること自体は悪いことじゃない。でも、その工夫に毎朝エネルギーを使っているという事実は、じわじわと消耗する。「今日はうまく隠せた」と思う朝は気分がいいけれど、「なんかうまくいかないな」という朝は、出かける前から少し気持ちが重い。
どこかで、この工夫に頼る生活をいつまで続けるのかという問いが、頭の隅に出てくるようになっていた。工夫でどうにかなるうちは工夫でいい、という考え方もある。でも、工夫が必要になっているという事実は、すでに何かが変わっているということだ。
朝の鏡の前で、今日も分け方を少し調整しながら、そのことをぼんやり考えている。