父の写真を見て、20年後の自分かもと思った最初の日
実家に帰ったとき、玄関の棚に古いアルバムが出ていた。母が何かを探していたのか、久しぶりに引っ張り出したらしく、そのまま開きっぱなしになっていた。
何気なく眺めていて、父が40代のころの写真で、少し手が止まった。
今の父より若い。でも今の自分より年上だ。その写真の中の父の髪が、自分の記憶より薄かった。昔のこととして「薄かった」のか、それとも今の自分の目が変わったのか、少し判断しかねた。ただ、頭頂部の地肌が薄く見えること、生え際が後退しはじめていることは、写真を見れば明らかだった。
そして、少し後に気づいた。今の自分と、この写真の父の年齢差は、だいたい20年だ。
20年後の自分、という想像を、これほど具体的にしたことはなかった。
父の40代の写真は、抽象的な「将来こうなるかも」ではなく、現実の一枚だ。実際にそこに写っている人物は、自分と同じ遺伝子を持っている。同じ父方の家系から来ている。似た環境で育った。
「遺伝だから仕方ない」という言葉は前から知っていた。でもその言葉が、写真の中の父の頭頂部と、今の自分の分け目という具体的な画として結びついたのは、このときが初めてだった。
仕方ない、というのはわかる。でも「仕方ない」と「何もしない」は同じじゃないかもしれない。そのことを、帰りの電車の中でぼんやり考えていた。
男性型脱毛症(AGA)は、遺伝的要因が大きいとされている。
父方・母方どちらの家系にも影響を受けるとされており、両親や祖父の薄毛は一定のリスク指標になる。ただ、遺伝はリスクを高める要因であって、避けられない運命ではない。AGAの進行には、男性ホルモンの代謝産物であるジヒドロテストステロン(DHT)が深く関わっており、このDHTの働きを抑える薬剤(フィナステリド・デュタステリドなど)が医療機関で処方されている。
重要なのは、AGAは進行性だという点だ。早く気づいて対処するほど、今ある状態を維持しやすい。反対に、進行してから対処しようとすると、維持だけでなく回復が必要になり、時間もコストもかかる。父の写真のような状態になってから「さすがに」と動くのと、今動くのとでは、状況がかなり違う。
父を責めたいわけじゃない。
あの写真が撮られた時代には、今のような医療の選択肢がなかったかもしれない。AGA治療が一般的になったのは比較的最近のことで、専門クリニックやオンライン診療が手軽に使えるようになったのはここ数年のことだ。
でも今の自分には、選択肢がある。
20年後の自分がどうなっているかは、まだわからない。遺伝が同じだとしても、その間に何をしたかで変わる可能性がある。写真の中の父と、同じ道をたどる必要はないかもしれない。
アルバムを閉じながら、なんとなくそう思った。まだ具体的に何かを決めたわけじゃないけれど、「考え始める」という段階に入った気がした、最初の日だった。