30代の自分が始めていれば、40代の自分はもう少し楽だったかもしれない

朝の洗面台

40代になって、鏡の前に立つ時間が変わった。

どう変わったかというと、長くなった。鏡を見て、何かを感じて、でも何もせず離れる。その「何かを感じる」の中身が、30代のころとは違う。あのころはまだ「気になる」くらいだった。今は「これはもう進んでいる」という確認に近い。

30代のころにもっと早く動いていればよかった、と思う。思うだけで仕方ないこともわかっている。でも、後悔というより「もし」を考えてしまうのは止められない。


デスクの上の静物

30代の自分は、なぜ動かなかったのか。

いくつかの理由があった。遺伝だから仕方ない、という諦め。まだそこまでひどくない、という認識。忙しくてクリニックに行く時間がない、という言い訳。お金がかかる、という躊躇。そして一番大きかったのは、「まだいい」という感覚だったと思う。

薄毛は、急には進まない。だから「まだいい」は、何年も使い続けられる言葉だ。30代前半でも「まだいい」、30代後半でも「まだいい」。そうこうしているうちに40代になっていた。

「まだいい」が続く限り、「始める」というタイミングは来ない。それに気づいたのは、もう少し後のことだった。


AGAの治療は、早く始めるほど有利だ。

これは医学的な事実として、いくつかのことから説明できる。AGAは毛根の成長サイクルを乱すことで進行する。毛根が長期間ダメージを受け続けると、やがて毛を作る機能そのものが失われる。機能が失われた毛根には、薬剤も効きにくくなる。

フィナステリドやデュタステリドといった薬剤は、ジヒドロテストステロン(DHT)の産生を抑えることでAGAの進行を止める働きを持つ。これは「今ある状態を維持する」という効果が中心で、失った毛根を完全に復元するわけではない。だから、まだ毛根が機能している段階で使い始めることが、効果の点で重要になる。

ミノキシジルは血流促進などを通じて毛根を活性化する効果が期待されるが、これも毛根の状態が残っていることが前提になる。

30代で気になりはじめた段階が、実はこれらの手段が最も有効に働くタイミングだった可能性がある。


40代の自分が30代の自分に言えることがあるとすれば、「まだいい、はいつか終わる」ということだ。

時間は一方向にしか流れない。30代で「まだいい」と判断した選択は、その後の状態に影響する。当時の自分が悪かったわけじゃない。情報が足りなかったかもしれないし、手段が今ほど手軽じゃなかったかもしれない。でも、知っていたら動けていたかもしれない、とは思う。

今はオンライン診療という選択肢がある。スマホで問診に答えて、医師と話して、薬が届く。クリニックの予約を取って出向く時間も、待合室の気まずさも、ない。30代の自分が「忙しくて行けない」「面倒くさい」と言っていた状況は、もうかなり変わっている。


後悔を書き連ねたいわけじゃない。

ただ、今30代で「まだいい」と思っている人がいるなら、その「まだいい」には賞味期限があると伝えたい。10年後の自分が、同じ「まだいい」を言えるかどうかは、今の選択にかかっている。

40代の自分は、30代の自分に嘘をつかれたとは思っていない。ただ、もう少し早く動いていたら、今の鏡の前の時間が少し違ったかもしれないとは、正直に思う。