子どもが「パパの部屋だけなんか違う」と言った日
小学2年生の息子が、廊下の前でぴたりと止まった。
「パパの部屋だけなんか違う」
それだけ言って、また走っていった。
何かを責めているわけでも、笑っているわけでもない。ただ気づいたことを、そのまま声に出しただけだ。子どもというのはそういうもので、フィルターがない。
でも、その一言が頭から離れなかった。
「違う」というのが、どういう意味なのかを、しばらく考え続けた。
古い家具のにおいかもしれない。本が積んであるからかもしれない。そういう方向に考えようとした。でも正直なところ、最初から薄々わかっていた。
自分の部屋のにおいが、自分にはよくわからない。これは当然のことで、人間の嗅覚は同じにおいに長く触れていると「慣れ」が生じる。脳がそのにおいを処理しなくなる。自分の部屋のにおいは、もっとも慣れやすい部類だ。だから「自分の部屋はにおわない」という感覚は、においがないことの証明にならない。
それでも、気づかないふりをしてきた。
加齢臭について調べたのは、その夜のことだ。
ノネナール。40代以降に増えるとされる体臭成分の名前だ。皮脂に含まれる脂肪酸が酸化・分解されることで生じる。枯れ草や古本に似た、くすんだにおいとよく表現される。
「古本」という言葉を読んで、胸のあたりが重くなった。
息子が言った「なんか違う」が、どういうにおいを指していたのかを、自分なりに想像してしまったからだ。
加齢臭は本人にはわかりにくい。皮脂の酸化によって生じるにおいは、自分の体から継続的に発生しているため、自分自身が最も慣れてしまっている。「気になったことがない」というのは、においがないという根拠にはならない。
40代になってから、体が変わったという感覚は漠然とあった。
朝起きたときの疲労感が以前と違う。肌のきめが変わってきた。食べたものが体に残る感じがする。そういう変化を、ひとつひとつ確認しながら過ごしてきた。
でも、においについては確認する方法がなかった。
自分では気づけないし、誰かに聞ける話でもない。だから「たぶん大丈夫だろう」という仮定のまま、何年も過ごしてきた。
息子の一言は、その仮定を静かに崩した。
子どもの「パパの部屋だけなんか違う」には、悪意がない。
だからこそ、確かだと思った。大人は言葉を選ぶ。配慮する。黙る。でも子どもは、ただ気づいたことを言う。それは一種の正直さで、耳を傾ける価値がある。
変えることが先か、確かめることが先か、少し迷った。
でも確かめる方法がない以上、まずケアから始めるしかなかった。毎日のお風呂と、体の洗い方から、少しずつ変えていくことにした。
数週間後、息子がまた廊下の前を通った。何も言わなかった。
それが答えなのかどうかはわからない。でも、続けることにした。