妻が父の家に行くたびに窓を開けることに、最近気づいた
父の家に二人で行くようになったのは、父が一人暮らしになってからだ。
月に一度か二度、様子を見に行く。掃除を手伝ったり、買い出しに付き合ったり。妻もいつも一緒に来てくれる。
先月、玄関を上がってすぐに、妻が居間の窓を開けた。
「空気入れ替えようか」と言いながら。父は「そうかね」と答えた。
何の気もなしに見ていたが、帰り道にふと気づいた。
妻はいつも、父の家に入ってすぐに窓を開ける。
「そういえば」と思い返してみると、確かにそうだった。
先々月も、その前も、妻は玄関から居間に入ってすぐ、さりげなく窓のそばに向かっていた。父が「寒いぞ」と言ったこともあった。妻は「少しだけ」と笑いながら、それでも窓を開けていた。
配慮のある人だから、あからさまな素振りは一切ない。でも毎回、同じことをする。
父の家のにおいが気になっているのだと、ようやく合点がいった。
そしてすぐ次の瞬間、自分のことを考えた。
父と自分は、体型も生活習慣も似ている。
同じような食生活で、同じような時間に寝て起きて、同じような体の疲れ方をする。父が今のにおいになったように、自分もいずれそうなる可能性を、どこかで感じていた。
加齢臭の主な原因は、ノネナールという成分だ。皮脂に含まれる脂肪酸が年齢とともに酸化・分解されやすくなり、特有のにおいを生じる。この変化は40代から始まるとされ、個人差はあるが、誰にでも起こりうる。
問題は、自分ではわかりにくいという点だ。
慣れの問題でもあるが、加齢臭は皮膚から継続的に発生するため、自分自身の嗅覚がそれを「普通」として認識してしまう。「においがしないから大丈夫」という判断は、機能しにくい。
父のことを「少し気にしてあげたほうがいいかな」と思ったことは、これまでにも何度かあった。
でも何をどう言えばいいかわからなくて、黙っていた。妻が窓を開けるのを見ながら、「そうか、こういうことか」と思っていた。
帰り道、自分のことを妻に聞いてみた。
「自分はどうかな」と。
妻は少し間を置いて、「今はそんなに気にならないよ」と答えた。
「今は」という言葉が、引っかかった。今はそうでも、これから変わるかもしれない。妻はそれをわかっていて、言葉を選んでいる気がした。
父を反面教師にするという発想は、少し違う気がする。
父は何も悪いことをしていない。年齢とともに体が変化しただけで、誰にでも起こることだ。ただ、対処を知っていたかどうかの差はあるかもしれない。
日々の洗い方、使うものの選び方。そういうところから、少しずつ変えていくことを決めた。
妻が自分の家で窓を開けるようになる前に、自分で気づいておきたかった。