実家の父のにおいが気になった。帰省のたびに思い出すようになった
気づいたのは、何年か前の帰省だった。
久しぶりに帰った実家で、父と並んでテレビを見ていた。特に何かがあったわけではない。ただ、気になった。父の体から漂う、くすんだ、どこか古びたような感覚。
そのとき自分は30代後半で、父は60代だった。
「年を取るとこういうものか」と思って、それ以上考えなかった。
それから数年が経って、また帰省した。
父は変わらず元気で、自分も同じように元気だ。でも今度は、玄関を入った瞬間から感じた。あの感覚が、以前より少し濃くなっている気がした。
と同時に、自分はいま40代に入ったことを思った。
父が60代であのにおいになったとして、自分も同じ体質なら、あと20年もかからずそうなるかもしれない。いや、もうすでに始まっているかもしれない。自分では気づいていないだけで。
加齢臭の原因として知られているのが、ノネナールという物質だ。
人の皮脂にはパルミトレイン酸などの脂肪酸が含まれており、これが酸化・分解されることでノネナールが生成される。40代以降、皮脂の酸化が進みやすくなるとされていて、枯れ草や古い紙のようなにおいの正体とされる。
自分で気づきにくいのには理由がある。
嗅覚は同じにおいへの暴露が続くと順応する。自分の体から常に出ているにおいは、最もよく慣れてしまうにおいだ。「自分はにおわない」という感覚は、においがないことと同じではない。
父も、きっと気づいていないのだと思う。
だから悪意もなく、対処しようとも思っていない。ただ、年を取っているだけだ。
帰省から戻った夜、自分のことを改めて考えた。
自分は父に似ている。体型も、皮脂のつきやすさも、汗のかき方も。子どもの頃から「親子だな」と言われるような似方をしていた。ということは、加齢に伴うにおいの変化も、似た経路をたどる可能性がある。
それが嫌かどうかよりも、「知っておく」ことの方が重要だと思った。
知った上で対処する選択肢があるのと、気づかないまま他者に感じさせてしまうのとでは、違う。
父に何か言えるわけでも、言うべきでもないかもしれない。
でも自分のことは、自分で選べる。帰省のたびに思い出すあの感覚を、自分が誰かに感じさせないようにするために、今から始めることはできる。
毎日のお風呂の中で、洗い方を変えた。
使うものも変えた。すぐに劇的な変化があるわけではないと思っているし、誰かに確かめてもらうのも難しい。でも、「何もしない」のとは違う。それだけのことで、少し気持ちが落ち着いた。
次の帰省のとき、また父の横に座るだろう。
あのにおいを感じながら、自分のことを確認するように思うかもしれない。それでいいと思っている。