吊り革をつかむのをやめたのは、去年の夏からだ

夏の平日夕方6時、帰宅ラッシュの通勤電車内

去年の夏から、電車で吊り革をつかまないようにしている。

ポケットに手を入れるか、ドアの端の手すりを使うか。混んでいるときは体のバランスで耐える。それが一番マシだと思っている。

理由は単純だ。腕を上げたくないから。


夏の夕方、地下鉄のホーム

最初にそれを意識したのは、混んだ電車の中で隣の人が少し顔をそらしたときだった。気のせいかもしれない。でも、気のせいにできなかった。

そのとき着ていたのは、仕事帰りのシャツだった。
夏で、一日中動き回っていた。

電車を降りてから、脇の下を確認した。においがした。どのくらい強かったかは自分にはわからないが、確実にしていた。


汗のにおいには二種類ある。
エクリン腺から出る汗は、ほぼ水分でできているため、蒸発すればにおいにくい。問題はアポクリン腺だ。脇の下や耳まわりに密集しているこの汗腺は、脂質やタンパク質を含む汗を分泌する。これが皮膚の菌と混ざって、独特のにおいになる。

暑い日だったから、ではない。
アポクリン腺の活動量は体質による部分が大きく、暑さだけで説明がつかないことも多い。


制汗スプレーは使っていた。
ドラッグストアで買える、強めのやつ。朝、シャワーを浴びてすぐに吹きかけていた。それで終わった気になっていた。

でも夕方になるとにおいはする。
制汗剤は発汗を抑える効果はあっても、アポクリン腺そのものへのアプローチではないからだ。

毎朝使い続けても、根本は変わらない。
そのことを知ったのは、ずっとあとだった。


吊り革をつかまない夏を、何年続けるつもりだったのか。

腕を上げることをやめると、少しずつ姿勢が変わる。立ち方が変わる。電車で人の隣に立つことが、自然と嫌になる。それは些細なことに見えて、積み重なると生活の小さな自由を、ひとつずつ手放していくことに似ている。


もし今年の夏を、少し違う夏にしたいなら。
吊り革をつかめる夏に、してもいいと思う。