なにかしたほうがいいとわかっていて、何年も経った
わかっていた。ずっとわかっていた。
気になりはじめたのがいつだったか、正確には覚えていない。おそらく25か26のころ、シャワーを浴びた後に排水口に溜まった髪の量が多いと感じた。それだけだった。その時点では、何かをしようとは思わなかった。若いし、まだ大丈夫と思っていた。
28になったとき、写真を撮られた。友人の結婚式の二次会で、スマートフォンで撮られた集合写真を後から見て、自分の頭頂部が他の人と少し違って見えた。それでも、何もしなかった。「写真の角度のせいだ」と思った。
30を過ぎたとき、「さすがにそろそろ」と思った。育毛クリニックのサイトを開いた。でも予約はしなかった。「今が繁忙期だから落ち着いたら」と思った。
今、何年が経っている。
「わかっているのに動けない」という状態は、意志の問題じゃないと思っている。
動けない理由は、たいてい複数ある。面倒だという気持ち、まだ深刻じゃないかもしれないという希望、どこから始めればいいかわからないという混乱、そして「今更」という諦め。これらが複雑に絡んでいて、一つの理由を解決しても他が残る。
ひとつだけ、知識として知っておくと気持ちが整理されることがある。薄毛の進行には、毛根のミニチュア化という仕組みがある。男性ホルモンの作用で毛の成長期が短くなり、細くて短い毛しか育てられなくなる状態だ。これは急には起きない。何年もかけて、少しずつ進む。だから「気になりはじめてから何年も経った」という場合、その年数の分だけ進行している可能性がある——というのは、脅しではなく、ただの時間軸の話だ。
ただ、何年経っていても、何もしていないよりは何かをしている方が、少なくとも現状維持に近い。完全に戻ることを期待するのではなく、これ以上変わらないようにするという目的で始めることができる。
何年も動けなかったことを、責める必要はないと思う。
動けなかったのは、それなりの理由があったからだ。忙しかったし、他に考えることがあったし、「今じゃない」という感覚は正直なものだった。正直な感覚を無理に否定して動こうとしても、長続きしない。
でも今、これを読んでいるということは、また「そろそろ」という気持ちが戻ってきているのかもしれない。今回もやめてしまうかもしれない。それでもいい。ただ、少しだけハードルの低いところから始める選択肢もある。クリニックへ行く前に、シャンプーを変えてみる。サプリを飲み始める。毎日の習慣の中に何かひとつ加える。大きな決断じゃなくていい。
何年も経った、という事実は変わらない。でも今日から始める、という事実を作ることはできる。