話せる人はいるはずなのに、LINEを開いて閉じた

夜11時過ぎ、暗い寝室のベッドの上

連絡先には、友人がいる。

長い付き合いの友人もいるし、職場の同僚もいる。家族とは今も連絡を取っている。つまり、話しようと思えば話せる人は、数人は思い浮かぶ。それはわかっている。

でも、LINEを開いて、トーク一覧を眺めて、閉じた。何度かやった。「今日は調子が悪くて」と打ちかけて、消した。そのまま寝た。翌朝、何事もなかったように「おはよう」と返信した。

話せる人がいるのに話せない、というのは矛盾しているように見える。でも実際には、矛盾していない。話せる人がいることと、今これを話せることは、別の問題だ。


暗い寝室

「話せない」には、相手への配慮が含まれていることが多い。

心配をかけたくない。重いと思われたくない。関係が変わるのが怖い。あるいは、「これを話すのに十分な関係かどうか」という判断がある。長い付き合いの友人であっても、「こういう話をする人」として見られることへの抵抗があったりする。親しさと、相談しやすさは、必ずしも比例しない。

もうひとつ、「うまく話せない」という問題もある。何がつらいのか、自分でもよくわからない状態で、誰かに話そうとするのは難しい。「なんかしんどい」を言語化しようとすると、途中で「大したことじゃないかも」という気持ちが出てきて、消えてしまう。

話すことへのハードルは、相手との距離とは別のところにある場合がある。


専門家に話すというのは、「親しくない人に話す」ということじゃない。

カウンセラーや心理士は、話を聞くことを仕事にしている。うまく話せなくてもいい。途中でわからなくなっても、整理を手伝ってもらえる。判断せずに聞く、ということを、専門的に訓練している人たちだ。

認知行動療法という考え方では、思考のパターンを言葉にして外に出すことで、感情の渦から少し離れた場所に立てるとされている。「話す」という行為自体に、整理の効果がある。友人に話すときとは違って、「この話を聞いてどう思われるか」を気にせずに話せる場所がある、ということが、オンラインカウンセリングのひとつの価値だと思う。

LINEを開いて閉じた夜は、何もできなかった夜じゃない。「話したかった」という気持ちがあった夜だ。その気持ちは、どこかに向けることができる。